こんな小説があるなんてこれまで知らなかった。我が町鶴舞を舞台にした推理小説、「夏回帰線」だ。
貸して下さったのは鶴舞在住の郷土史家大岩裕幸氏。
表紙の帯に曰く「静かな城下町、千葉県鶴舞の地中から白骨死体が発見された。父を想う子と深い眠りから呼び覚まされた男と女。揺れ動く運命の糸と戻ってはならない過去が連続殺人を引き起こしたのか?」
こんな惹句を見たら鶴舞住民として見逃すことなどできない。早速序章をひもとく。
のっけから更に読者の興味をそそるような文句。
「静かな城下町に時ならぬ騒動が巻き起こった。一方臨海埋立地では一人の男が焼死体となって発見される。~」
事件の発端は昭和五十六年。鶴舞公園(桜の名所として名高い)内で白骨死体が発見され、一時は、すわ、殺人事件か、と近隣一帯に大騒動を巻き起こした。が鑑定の結果この死体は36年前の終戦前後のもので、他殺か事故死か判定できないという。
いずれにしてもこれは日頃平穏な地方の小都市(?)にしては大きな事件として一時地方新聞の紙面を大いに賑わした事件だった。
この事件の直後、今度は東京湾沿岸の千葉市。現在はJR京葉線沿線の「海浜ニュータウン」、当時造成工事中の埋め立て地で別の事件が起こった。今度は36年前の白骨死体ではなく、生身の人間の焼死体が発見されたのだ。これも事故か過失かわからない。
荒涼とした埋め立て地に建てられた工事用資材置き場が夜中に焼失。人気のないはずのその小屋で焼死していたのは、なんと北海道在住の男だった…。
この二つの事件には関連があるのか。事件を追う地方新聞の記者は取材中交通事故で死亡。一方千葉西署の警部は執念で事件を追う…
追っているうちに事件の根っこははるか終戦前夜の鶴舞にあることが判明した…
という展開で息も継がせず物語は進展する。
作者は廣山義慶。経歴を見ると大阪出身とあり、それにしては我が町鶴舞のたたずまいが克明に記されている。特に町の東西に走るメーンストリート沿いに並ぶ商店の配置など現地を見なければとても描けない。いったいこの作家はなぜこの鶴舞を舞台にこんな推理小説を書いたのか、この方が謎だ。
それにこの鶴舞の地が担った戦時中の特殊な役割も今回初めて知った。
外房海岸から敵軍が上陸する可能性を恐れた日本陸軍が首都防衛のため昭和20年2月北海道旭川から一四七師団を転進させ、鶴舞を駐屯地とした。大勢の兵たちが続々この小さな町に分宿、土地の旧家の家族と交流する。そこから鶴舞と北海道という2点がつながる。では稲毛海岸の埋め立て地での事故死体は、関連するか無関係か?
ストーリーは意外な展開を見せ、終章まで読者を飽きさせない。
単なる推理小説として読んでも面白いが、地元民としては登場人物の名前(鶴岡とか泉水とか地元に多い姓)、通りのたたずまい(公園から角地の郵便局、電気屋、本屋などいまだに不変の商店の並び方)、地元新聞(本書では「京葉タイムズ」となっているけど、あ、これは「千葉日報」?)とか、一々思い当たる部分があって、これぞ朝ドラ定番の「ご当地もの」の走り?という興味も掻き立てる。
結末は事件発端から36年前の鶴舞に戻り表紙帯の太字「少年と少女は再び昭和20年8月15日のあの暑い夏の日に帰っていった…」に戻るのだ。
終戦から70年の今年、広島・長崎・東京大空襲、そして8月15日の記憶が再び思い起こされるが、それに匹敵するような大事件ではなくとも、あなたの町にも、私の町にも、それぞれ戦争の傷跡や思い出がいろんな形で残っていて、いろんなエピソードや逸話が語り継がれているのだなぁ、と今回感慨を新たにしたことだった。